ヒト網膜のESCによる多層構造の再構築と、保存技術が確立
網膜色素変性症は視細胞が変性し、主に進行性夜盲、視野狭窄(求心性、輪状暗点、地図状暗点、中心暗点)、羞明(しゅうめい)が認められる疾患で、成人中途視覚障害の原因の一つとなっている。国内では約5万人、世界には約150万人の患者がいるとされている。失明に至るまでの進行は極めて緩徐であるが、根本的な治療法は確立しておらず、網膜幹細胞移植には大きな期待が寄せられている。
理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターの笹井 芳樹氏らは2011年に、マウスにおいて眼杯様構造物として神経網膜のESC由来の再構築に成功していたが、ヒトはより大きな構造物であり、凸面も自然なカーブがあり、ヒトの眼杯様神経網膜の再構築は困難が予想されていた。しかし僅か1年の期間で、同グループでは、ヒトESCから眼杯と層状神経網膜の自己形成を可能とし、医学誌「Cell Stem Cell」に報告(Volume 10, Issue 6, 771-785, 14 June 2012)した。
笹井 芳樹氏らは、三次元培養におけるヒトESCから、自己組織化眼杯様構造物の形成できた。マウスにおいては錐体細胞の分化は難しかったが、ヒトでは桿体細胞と錐体細胞を含んだ多層構造の神経網膜が再構成された。ヒトのESC培養では、Notchの抑制により、視細胞の集積が大きく改善したという。また、凍結保存が可能な方法を見出し、臨床グレードの網膜組織の大規模調製における品質制御が可能となった。
我々の取材に対し、笹井 芳樹氏は、「ヒトの網膜が立体組織として形成され、また保存もできるというのは画期的であり、今後、網膜変性症、特に網膜色素変性症の治療のための移植実験を動物で行なってゆく予定だ。」と展望を述べ、臨床への応用が期待される。(Medisterニュース 2012年6月21日)