新しい学術論文誌が生まれた瞬間 ~オープン・アクセス学術誌立ち上げ記(3)~
私に「学術論文をイノベーションする」という決意が固まったのが2012年10月1日ですが、今回はその当時の話を書きたいと思います。
私が経営するゼネラルヘルスケア株式会社は9月決算ですが、2012年9月の決算は過去最高の売上高となり利益も確保できていました。当時は、メディア事業が主力でした。独自のメディアを運営し、そのメディアを活用して、製薬メーカー、医療機器メーカーや試薬メーカー、食品メーカーなどの専門的なメーカーの広告、販促、広報などを支援するサービスを提供するというものです。特徴を打ち出すことが難しい分野だったこともあり、弊社の商材も差別化しきれているとはいえない状況でした。
日銭も稼げるものの、利益率は限定的で、大きな発展性は見込めず、ご飯は食べれてもその先はないと強く感じ始めていました。そんな背景のなか、私自身が何のために研究職を辞めて起業の道を選んだのかを改めて考えました。私には前回の投稿にあるような、「論文の世界はもっと良く改善できるところが沢山ある」という原体験があります。事業が回り出し、人並みの生活が出来るようになったタイミングでいよいよ、論文の世界をもっと良く出来ないかを研究者の友人とディスカッションする時間を意識的に作ったのです。
研究者とのディスカッション
学術論文の仕組みについて、私達が見つけた問題点は下記のようなものです。
1. スピードが遅い
一旦論文を提出すると、editorやreviewerから膨大なデータ量を要求されます。本質的に重要なデータは当然必要になるのですが、正直言って本質的でない瑣末な問題や様々な角度からの証明などを要求されます。そういったデータを増やすことは、発見の本質的な証明にはつながるどころか、本質的な証明への研究時間を奪うものだと私は考えます。
度重なるreviseに時間がかかることは、先の記事に書いた通りです。有名ジャーナルに掲載されていてもさほど引用されない論文が多い理由は、reviseを繰り返すうちに、研究のタイムリーさがなくなってしまうためではないでしょうか。
様々な角度からのデータをとると、仮説に合致しないデータが出てくることもしばしばあります。仮説が間違っている場合ももちろんありますが、多くの場合は、現時点で明らかになっていない実験上や生物学上の問題のせいで、仮説が間違っているわけではありません。しかし、すべての角度から辻褄の合うデータを要求されてしまうと、非現実的な実験条件を用いざるを得ないことがあるのです。ですから、データが膨大でかつ完全に整合性がとれていても、実際には再現性のない論文が沢山あります。このように、論文主張の正当性を高めないデータは害悪であるとも言えます。
2. 政治的側面が強すぎる
一般的にreviewerは3名いるのですが、論文査閲は3名のreviewerのうち一人反対でも場合によっては落とされてしまう仕組みになっています。そして、必ずといっていいほど、大御所の先生や、その流派の人たちが1名は含まれます。
そういう背景から、データ吟味ではなく「定説と違う」という反論を受けてしまいます。要するに、世間の流れと違う主張、大御所の意見と違う主張を論文にすることは難しいということです。逆に、間違った主張が流行のように一人歩きすることが往々にしてあります。SIRTが長寿に関係する、などがわかりやすい例です。
そしてreviewerに当たりそうな大御所の先生の文献を引用していないと、論文が落とされてしまう恐れがあるため、複数の大御所の先生の文献を引用してしまいます。そうなると、実際に参考にしていて役に立った論文(マイナーな雑誌や研究者)を引用できないということも起きてしまうのです。
さらに、同業者がreviewerのため、近い内容のデータを真似されたり、情報がreviewerの仲良しグループに出回ったりすることも少なくありません。そうなると、弱小研究者が大きな発見を掲載するためには、大御所の先生を共著に入れて味方につけるとか、同業者と特別な親交を築くなど科学以外の要素が必要になります。
3. 体裁の重要性が高すぎる
論文構成は、Fig1をどのデータから始めるか、イントロには何を強調して書くか、何は書かないでおくかなど、reviewer対策中心に進んでいきます。
トップジャーナルに載せるこつは、膨大で良質なデータを載せつつも、面白い結論をあえて明言しないことだと言われています。なぜなら、科学者とはいえ人ですので、あまり面白いことを書くと嫉妬されて落とされることもあるからです。
これだと、分野の違う人には面白さが伝わりにくくなってしまいます。実際、natureの本文やタイトルを読んでも何が面白いかわからず、news&viewsの紹介文ではじめてよくわかるという方も多いのではないでしょうか。
新しい学術論文誌が生まれた瞬間
少し長くなりましたが、「同業者同士が匿名でreviewするというシステムでは、公正な審査は難しい」ということがハッキリと見えてきたのです。そこで、公正な審査を実現することを最初のコンセプトとし、プロジェクトがスタートしました。
・出るはずのない綺麗なデータは不要。新奇性があればOKとする
・査読者もそれを前提で査読し、専門的見地で気になる点をコメントする
・査読者は実名で行う
こうすれば、大御所の先生の定説以外でもacceptされ、本質的でないデータ作成に時間を割かなくてすむようになります。「こういう学術誌を作りたい」と具体的なアイディアに辿り着いたときが、新しい学術誌が生まれる瞬間でした。
転載元: JMマガジン
http://job-medley.com/magazine/
過去の記事
学術論文なんて事業になるの? ~オープン・アクセス学術誌立ち上げ記(1)~
学術論文事業を始めたきっかけ ~オープン・アクセス学術誌立ち上げ記(2)~
著者情報
竹澤慎一郎
ゼネラルヘルスケア株式会社 代表取締役。農学博士。2003年東京大学大学院博士課程修了後、2年間の研究職を経て、2005年に経営コンサルティング会社に就職。生命科学者向け情報サービスを手がけるバイオインパクト株式会社を共同創業後、2007年医療・ヘルスケア分野の総合マーケティング支援を目指したゼネラルヘルスケア株式会社を創業。現在に至る。