患者・医師を支える「医薬品副作用被害救済制度」 (近藤 達也 先生)
患者・医師を支える「医薬品副作用被害救済制度」
日本が世界に誇るセイフティ・トライアングル
医薬品医療機器総合機構(PMDA)の挑戦
△独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA) 理事長 近藤 達也 先生
はじめに
使用している医薬品により、重篤な副作用被害が生じてしまったとき、患者と医師を支える制度が日本にはある。その名は「医薬品副作用被害救済制度」。制度の実施主体である独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(以下、PMDA)の理事長近藤達也氏に、制度の内容、医療関係者にとってのメリット、請求時のポイントをインタビューした。
医薬品の安全性と有効性を担保。世界に誇るPMDAのシステム
―――PMDAの活動内容を教えてください。
PMDAには大きな3つの活動があります。まず、1つ目が本日詳しくご紹介する「医薬品等の副作用・感染による健康被害の救済」。2つ目が医薬品・医療機器の「審査」、3つ目が医薬品・医療機器に関する「安全対策」つまり市販後のフォローです。
国民の命と健康を守るため、新しい薬が誕生し世の中に広がっていく過程全般の安全性・有効性の科学的なチェックと救済がPMDAの使命です。私たちが「セイフティ・トライアングル」と呼んでいるこれらの活動は、世界中の公的機関の中でも、特に日本のPMDAの特色あるシステムだと言えます。
自らの組織で審査した薬の副作用の救済をすることは、相反する業務に見えるため、諸外国では外部の民間会社が救済業務を担っていることが多いのです。しかし、日本では審査機関であるPMDAが、「副作用の可能性」や「被害にあわれた方の救済」を考えながら審査するという仕組みを取っています。このとき最も重視している点は、患者さんにとっての医薬品の品質・安全性・有効性です。そのためPMDAでは、レギュラトリーサイエンス研究を積極的に推進しています。
レギュラトリーサイエンスとは、第4次科学技術基本計画で定義された言葉で、簡単に言うと「科学的な判断で行政的措置を取る」という姿勢を指します。現在は、一般的な言葉として認知されていますが、実は我々日本から世界に広めた言葉なのです。この考えは薬を世に送り出す上で非常に重要で、例えば、薬の審査において「あの審査員はこう言っていた」と属人的に行われていたのでは国民は納得できません。PMDAではレギュラトリーサイエンスを推進するために、連携大学院を設置したり、科学委員会を創設したりしています。このような活動を通じて、組織の外から多くの英知を取り入れる一方で、我々の組織についても理解してもらっています。以上の活動が、日本が一体となって「判断する仕組み」の構築に繋がっていると信じています。
患者と医師の「信頼」を支える「医薬品副作用被害救済制度」
―――実施している救済制度について具体的にお聞かせ下さい。
昭和55年5月創設の「医薬品副作用被害救済制度」になります。30年以上経過している非常に歴史ある制度で、製薬企業の社会的責任に基づく仕組みであり、製薬企業からの拠出金を財源としております。平成23年度の請求件数は1,075件、決定件数は1,103件、決定件数の87%にあたる959件に支給しています。金額でいうと年間21億円です。給付件数・支給額ともに年々増加していますが、残念ながら、まだまだ認知度が低い状況です。
―――「医薬品副作用被害救済制度」で支給した健康被害にはどのようなものが多いのでしょうか?
平成19~23年度に給付した健康被害は皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)などの「皮膚および皮下組織障害」が31%、次が肝機能障害などの「肝胆道系障害」と低酸素脳症・悪性症候群などの「神経系障害」でどちらも13%です。これらの健康被害の総数が全体の過半数を占めています。ここで医療関係者の方にお願いしたいことは、副作用を安易に考えないで欲しいということです。やはり医薬品と副作用は切り離せない関係であり、これまでの知見により発現する可能性がある副作用や使用するに当たって注意を要する事項などがあるので、それらの情報を参酌した上で使用していただくのは当然ですが、正しく使用しても副作用が出てしまった場合は「薬をやめる」、「副作用の治療をする」という処置をとるとともに、重篤な場合は患者さんに救済制度の紹介をして欲しい、診断書の作成などに協力をして欲しいと思います。
―――「医薬品副作用被害救済制度」を利用するうえで、医療関係者が気をつけるポイントはなんですか?
医薬品を適正に使用するということです。救済制度では、適正な使用が守られていない事例に支給することはできません。実際、平成19~23年度に不支給となった663件(決定件数の14%)のうち、2割近く(決定件数の約3%)が「使用目的または使用方法が適正と認められない」とされています(図1)。
医薬品の使用目的・方法が適正とは認められない事例とは、基本的には、承認した効能・効果以外の目的で使用した場合や、添付文書の使用上の注意に従わずに使用した場合などです。例えば、添付文書に「投与開始後2ヶ月間は、原則として2週に1回血液検査を実施する」とあるにも関わらず、1ヶ月分の薬を処方し検査しなかった、という場合は不支給になる可能性が高くなります。近年は患者さんの薬の副作用に対する関心が高く、情報も沢山持っています。しかし、実際に副作用被害を受けた方々にとって最も身近な頼れる存在は医療関係者です。繰り返しになりますが、支給/不支給を分ける大きな要因は医薬品の適正使用の確実な実施です。この制度を利用して請求が社会的に認められた事に対して救われた気持ちになる患者さんは少なくありません。「医薬品副作用被害救済制度」は患者さんを救済する制度ではありますが、医療関係者にとっては、患者さんとのさらなる信頼関係の構築につながる非常に重要なシステムとなりますので、有効に活用していただきたいと思っています。
―――医療関係者が「医薬品副作用被害救済制度」についてもっと詳しく知りたい場合はどうしたらよいでしょうか?
今年1月30日に厚生労働省医政局総務課医療安全推進室、並びに医薬食品局総務課医薬品副作用被害対策室から事務連絡が医療関係団体等に出されていますが、現在PMDAでは医療機関からの依頼に応じ、院内の研修会に無償でPMDAの職員を派遣し、救済制度の説明を行っています。8月中旬までに約30の医療機関からお問い合わせをいただき、既に10回以上の説明会をさせていただきました。本制度を利用する際には、健康被害に遭われた方もしくは遺族による請求が必要となりますが、請求時には、患者さんもしくは遺族作成の請求書だけでなく、医学薬学的判断のため医師作成の診断書を添付していただく必要があります。PMDAに相談窓口がありますので、救済制度の利活用に際して不明な点は問い合わせをしていただきたいと思っています。
薬事の精神で日本の医療を発展させていく
―――最後に、「医薬品副作用被害救済制度」の普及を通じた日本の医療や医療制度の未来像について聞かせてください。
薬事には、医薬品、または医療機器を含めたそれに関係するものの、品質を保証する、安全性を認める、有効性を認める、という精神が存在します。「品質・安全性・有効性」という考えは非常に重要ですので、現在、PMDAではすべてこの軸を基準に判断していますが、将来は薬だけでなく医療全体についても、この観点から後押ししていきたいと考えています。私はもともと脳外科医なのですが、PMDAでの業務を通じ、薬事の精神は医師にも通じると感じています。まず、医療行為において、医師と医療の質は重要です。次に、医師がやろうとしている治療が有効かどうか。そして、行っている診療行為が確実かどうか、この3つは考えてみると薬事の考えそのものです。
将来的には、薬事の精神を医療機関の中に入れ込み、薬事の精神を日本の医療全体に広めていきたい、と思っています。「医薬品副作用被害救済制度」は患者さんを救済する制度ではありますが、適正使用を通じた医療の質の確保や患者さんとの信頼関係の構築など医療関係者のためのものとも考えています。本制度により、健康被害に遭われた方を救済するためには、医師をはじめ薬剤師など医療関係者の方々のご理解とご協力が不可欠です。日常、診察業務などでご多用だとは思いますが、健康被害に遭われた方々のために、ぜひともこの制度を知ってほしい、伝えてほしいと思います。ご協力をお願いします。
近藤 達也 Profile
平成20年4月~ 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)理事長
国立国際医療センター名誉院長
専門医
日本脳神経外科学会専門医
日本脊髄外科学会認定医
研究業績
・悪性脳腫瘍に対する術前照射・根治的摘出療法の開発
・全身用定位的放射線治療装置(定位がん治療装置)の開発
・成長因子FGF-9 の発見
国際医療協力活動
・中国(中華人民共和国) 中日友好医院(北京)脳神経外科技術援助
・ベトナム チョーライ病院(ホーチミン市)脳神経外科支援(短期専門家)
・ボリビア サンタクルス日本大学病院(サンタクルス市)脳神経外科技術援助